
このカウンセリングルームを開いた背景には、かつて私自身が、仕事と介護のはざまで立ち尽くした時間がある。
予約時間きっかりに現れる彼女
こんにちは。
几帳面な彼女は、いつも予約時間ちょうどにやってくる。
「どうぞ、おかけください」
そう声をかけると、彼女は椅子に深く腰を下ろし、
ふう、と小さく息を吐いた。
「今日は、いかがされましたか?」
私の問いかけに、しばらく沈黙が流れる。
やがて、彼女はゆっくりと言葉を探すように語り始めた。
罪悪感と怒りのあいだで
「罪悪感です」
「罪悪感が私の心を蝕んでいるんです」
職場では頼りにされる立場にある。
それなのに、その期待に応えられていない気がするという。
「本当は、もっと職場の雰囲気を明るくしたいのに、
逆に重くしてしまっているような気がして……」
リーダーシップをうまく発揮できない自分。
一方で、周囲が軽やかにまとめ役をこなしている姿を見ると、
どこか負けたような感覚になる。
とりわけつらいのは、上司の期待に応えられないこと。
問いかけられても、考えが整理できず、
発言力のある同僚に圧倒されてしまう。
「私は、みんなの期待に添えていない」
その思いが、彼女を苦しめている。
話は、親の介護のことにも及んだ。
やるべきことは頭では分かっているのに、先延ばししてしまう自分。
そして、親から頼られると、
「どうして私ばかりが」と、怒りが湧いてくること。
罪悪感と怒り。
そのあいだで、彼女は揺れていた。
「おかあちゃん」と言った一歳半の私と、今の私
彼女は、古ぼけた手帳をそっと差し出した。
「亡くなった父のメモなんです。
私の、育児記録でした」
そこには、生後二か月から一歳半までの、
細やかな観察が書き留められていた。
喜ぶこと、怖がること、好きなもの、苦手なこと。
動き回る姿に、疲れたと正直に記された一文もある。
「ありがとうございます。
とても丁寧に記録されていますね」
そう伝えると、彼女は静かにうなずき、こう言った。
「一歳半の私は、
『おかあちゃん』と言ったと書かれています。」
そう言って、彼女は目頭を押さえた。
なぜ涙が出るのか、彼女自身、まだ言葉になっていないようだった。
母に甘えていた一歳半の自分。
そして今、母から甘えられている五十代の自分。
その二つの時間が、彼女の中で交差し、
言葉にできない何かが生まれてきたのかもしれない。
その姿を前に、私は、
かつての自分と、
そして今ここにいる自分を重ねながら、
ただ静かに、聴いていた。

