
このカウンセリングルームを開いた背景には、かつて私自身が、仕事と介護のはざまで立ち尽くした時間がある。
その人は、静かに疲れていた
玄関のインターホンが鳴り、戸を開けると、50代と思われる女性が立っていた。
ここは、私が数年前に開設したカウンセリングルーム。私は、働く人の心に寄り添う仕事をしている。
椅子に腰かけた彼女は、ゆっくりと話し始めた。
高齢で一人暮らしの母親の心身が、ここ最近急に弱ってきたこと。夜中に何度も電話がかかり、眠れない日が続いていること。
週末は実家へ通い、炊事洗濯に加え、できないことが増えていく母のもどかしさや、自分を責め続ける母の感情を受け止めているという。
介護に全力を注ぎ、平日は仕事で残業。
土曜の限られた時間だけが、自分のための時間だと、彼女はぽつりと語った。
「誰かに聴いてほしかったんです」
その言葉に、張りつめていた想いがにじんでいた。
理解されなかった悲しみ
彼女は続けた。
介護のつらさを打ち明けたとき、思いがけず厳しい言葉を受け取り、深く傷ついたこと。
その夜は眠れず、涙が止まらなかったこと。
介護も仕事も、懸命に向き合っているのに、その気持ちを受け止めてもらえなかった悔しさが、心に残ったという。
母と娘。同性だからこその葛藤。
職場では仕事への熱意が揺らぎ、年齢を重ねる中で、希望を口にしづらくなる空気。
帰宅途中、理由もなく涙があふれた日もあったそうだ。
「叫びたかったんです。私は一生けん命やっているんだ!」
その叫びは、誰にも向けられず、心の中で渦を巻いていた。
ありのままを受け止めたとき
ある週、彼女は介護を休み、気分転換に散歩をした。
偶然立ち寄ったギャラリーで、好きな絵を眺めているうちに、胸の奥が温かく満たされていくのを感じたという。
そのとき気づいた。
母への愛と同時に、複雑な感情を抱いている自分を、ずっと否定していたことに。
嫌いな面も含めて「それも自分だ」と認めた瞬間、心がふっと軽くなった。
「執着していたものを、そっと手放せた気がしました」
そう言って、彼女は両手をぎゅっと握り、ゆっくりと開いた。
エネルギーが戻り、力が湧いてきたと微笑むその姿は、
叫びがきちんと受け止められた人の、静かな強さをまとっていた。
その姿に、私は、かつての自分と、そして今ここにいる自分を重ねていた。


