
他人に聞くのは恥ずかしい
年齢が定年近くにもなると、
知力、体力、気力の衰えを感じることがあります。
ITの進化、急激な情報の流れについていけなくなる。
わからないことが増えていく。
昔だったら、難なくできていたことが、
できなくなる。
焦り、悔しさ、失望。
自分の子供よりも若い後輩に、聞くのも恥ずかしい。
だから、一人で抱え込んで悶々と考える。
素直に「教えてください」と言えない。
他人に弱みを見せたくない。
完璧な自分を演じることに、
息苦しさを感じることはありませんか?
ひとりで何でも解決しようとすると、
どうしても限界があります。
そして、時間がかかる。
真面目過ぎる高慢さは、
組織にとっては、やっかいなものでもあります。
ひとりの人間が、問題を抱え込んでしまうと、
問題解決が遅れてしまうこともあるでしょう。
ところが、
その人が問題を周囲の人に相談できたら、
いち早く解決することができるでしょう。
組織内のコミュニケーションも活性化するでしょう。
人の力を借りれる力
人の力を借りれる力も大切だと思います。
この力は、依存心とは異なります。
依存心は、自己中心的で、自分のことしか考えません。
自分自身の苦しみから逃れるため、
一時の快楽を得るために、他人や物事に執着します。
ところが、人の力を借りれる力は、
自分の弱みをさらけ出して、他人の力を借りる。
その目的は、自己中心的ではなくて、
もっと視点の高いものです。
それは、他者の問題解決のためです。
自分が恥をかいても構わない。
他人の力を借りてでも、
他者の問題を早く解決してあげたいと考えます。
依存心と他人の力を借りれる力とは、
動機が大きく異なると思うのです。
人生で出逢う人は皆、師である。
恥をかいてでも、教えを乞う。
たとえ、相手が自分の子供ほど年齢が離れていても。
その教えで、自分の知識や技術が高まれば、
もっと他者への貢献ができるでしょう。
失敗して、恥をかいて、追い込まれることで、人の心は成長する。
人の心の成長に、年齢は関係ありません。
私が、元の職場を退職して、独立して思うのは、
他人の力を借りれる力がでてきた、
ということです。
もちろん、数々の失敗もあります。
他人の力を借りれる力だと思っていたら、
単なる依存心だったり。
しかし、そんなときは、不思議と生き方の修正が入ります。
人間関係のトラブル、体調不良、事故、病気など
そして、気づくのです。
出逢う人から様々な学びを得ている。
出逢う人は皆師であると。


