勉強はなんのためにするの?

このカウンセリングルームを開いた背景には、かつて私自身が、仕事と介護のはざまで立ち尽くした時間がある。

その声は、抑えきれずにあふれ出た

「こんにちは」と丁寧にあいさつをして入ってこられた女性。
紺のスーツを着こなし、長い髪を後ろでまとめている。
きちんとした印象だ。
だが、どこか自信なげで、敏感そうな目をしている。

今日のお客様は56歳の女性。法律関係の仕事をしている。
まゆと眉の間に縦じわを寄せ、絞り出すように語り始めた。

「こんなこと話すと、変だと思われるかもしれませんが」と彼女は前置きして、
「助けて。
助けて、私を許してほしい。
私は、あなたが思っているほど優秀じゃない。だから、期待しないでほしい。
自由に、もっと、いきいきと生きたいんだって、私は、自分に訴えたいんです…」

一生懸命勉強し、資格を取り、頑張ってきた。
それでも、まだ足りないと、自分に言われている気がする。
因幡の白兎のように、心の皮をはがれるような痛みがある、と彼女は言った。


会議のあとに残ったもの

何があったのかを尋ねると、会社の会議の話をしてくれた。
思うように発言できなかったこと。
自分よりずっと若い男性社員との議論で、言い負けたように感じたこと。

周囲の人たちが、皆、落ち着いて優秀に見えたこと。
自分だけが、置いていかれているように思えたこと。
その悔しさと苦しさを越える強さをくださいと、神に祈ったという。
強く、自立し、自律できるように、と。


勉強について、語り直す

彼女は自分に問いかけた。
一目置かれる存在になることが、勉強の目的なのか、と。

「勉強は、他人を蹴落とすためにするものじゃない。お客様のためだと思う」
そう言って、続けた。
今までの勉強は、馬鹿にされないため、負けないためだった。
がむしゃらだった、と。

でも、過去の自分は否定しない。
これからは、他人を助けるための勉強をしたい。
お客様の目線で、もう一度見てみたい。

彼女は一気にしゃべった。

彼女は、何を見てみたいと思ったのか。
法律そのものか。
それとも、
お客様が立ち止まっている場所、
困っていること、言葉にできずにいる思いなのか。

その姿に、私は、かつての自分と、
そして今ここにいる自分を重ねて、聴いていた。

 

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